Archive for 2018年11月4日

25歳からの3年間の不妊治療の内容

25歳で子宮内膜症になりました。チョコレート脳腫の手術をした片方の卵巣を失いました。妊娠の可能性が低いことが医師から告げられ、かなり落ち込みましたが、その後当時付き合っていた彼と結婚する事にしました。手術をしたばかりだったので、避妊を辞めればすぐに妊娠するだろうと思っていました。しかし、妊娠する事はなく1年が経ちました。1年間の間病院には通っていましたが、当時不妊治療に関いて知識がなかった事、通っていた病院でもステップを進められる事もなかったので、油断しきっていました。今となっては、もっと積極的に情報を収集して、行動を起こすべきだったと後悔しています。

手術から1年があった時にこのままでは妊娠しないと直感し、不妊治療を専門としている医院に転院する事にしました。そこで告げられた事は、子宮内膜が再発している事と、ホルモン値がどれも低い事、自然妊娠は絶望的と言われました。主人と相談して、すぐにステップアップする事になりました。
子供はどうしても欲しかったわけではありません。しかし、卵巣が1つだけ残せた事、妊娠するなら今しかないと手術担当医に言われた事で、チャレンジ出来る時に公開がないようにしておきたいと感じるようになったので、不妊治療をすることにしました。

初めは人工授精を2回しましたが、撃沈です。そのため、そうそうに体外受精を受ける事にしました。当時の私は体外受精をすれば、すぐに妊娠すると思っていましたので、特に焦りもありませんでした。
しかし、実際に採卵してみると、片方の卵巣ですし、抗ミュラー間ホルモン値もかなり低いため取れた卵子の数が少なかったです。さらに残された卵巣にもチョコレート脳腫が再発していたので、卵子の質が悪いとも言われてました。
先生の言う通りでした。せっかく取れた卵子も胚盤胞に育っても一向に着床しませんでした。
体外受精は毎回つらかったです。採卵のためのホルモン療法は、腹痛を伴いましたし、イライラが止めらえれない事もありました。また、採卵後は手術による痛みがあり、1日寝込んでいました。自分なりに頑張ったつもりですが、着床せず、生理の血を見た時には涙が止まりません。自分の体を責めますし、高額な医療費が無駄になったとネガティブ感情が一気に押し寄せます。すべての事に恨み、妬みを感じました。幸せそうな家族、マタニティマークを付けた妊婦、健康そうで若い女性、赤ちゃんや子供の姿、何を見ても私とは縁が遠くて、行きつく事の出来ない別世界だと感じていました。それでも次こそは妊娠できるのではと、立ち直って治療を続け、採卵も4回目となりました。

採卵4回目にもなると、採卵出来る卵子の数も減り、心身ともに疲弊しきっていました。ただ、どす黒い自分のネガティブな部分と向き合い続け、人の人生と自分の人生を比べず、自分と旦那の幸せを尽きつめた結果、子供がいない人生も楽しめる自信が持てるようになっていました。

そのように思えるようになった採卵4回目、不妊治療丸3年で初めて妊娠する事が出来ました。
不妊治療は私にとって試練だったのだと、思うようにしています。辛い治療をお通して自分自身と向き合い、私たち夫婦の生き方・幸せとは何かを考え生活する事が出来ました。

私の姉はピンクゼリーを使って産み分けしていましたが、私には産み分けするほどの余裕もなく、子供が授かればそれだけで幸せでした。